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zoom RSS 自国の歴史を知らずに少女像を創るのはやめなさい

<<   作成日時 : 2017/07/08 15:41   >>

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 色町は世界中どこにでもある。江戸では、吉原という浅草に近い場所に遊女を閉じ込めて金持ちの相手をさせた。それよりも一段低い階層の人たちが遊ぶ品川などの岡場所と呼ばれる遊び場は、今の日本各地に影を残している。
 朝鮮半島の遊里のそのような女性見習いが、親たちの貧困のために性的な働きに出された少女たちであった。このことを知らずに、日本へのいやがらせとして世界中にその像を広めている人たちは、やがて自分たちの恥を輸出していることに気が付くときが来るだろう。その時にどう申し開きをするのか。
 なお那覇のジュリとよばれる色町の女性たちは侍たちの専属女性であったらしいが、朝鮮半島のそのような存在と共通色を持っていたらしい。そのような歴史と戦時の出征兵士たちの性的暴行予防のための対策が混同されて、そのための女性を見境なくかき集めたという風説になったのであろうが、歴史を知らずに恥をかくことにならないように、少女像の創造リーダーシップをとっている頭の固い女性に警告しておきたい。日本でも教師や警官など硬いと思われている職業の人が性的な事件を引き起こすケースが増えているが、性的な開放が雑誌でもインターネットでも当たり前になっている今、男性がその方向に走るのは不思議ではない。特に男性というものを女性と同じ種類の生物と思っている堅物の女性は考え直しが必要だろう。男性はもともと、最近の中性化して酒場に入り浸っているような女性とはちがって、性的な行動で女性と距離感を持っていた。戦時中の国民学校ですごした私の少年期には、学校で女生徒と話をしただけで男生徒の仲間からのけ者にされたのである。その後中学校でも男子校、高校でも校舎が男女が別、さらに防衛大を経て女性色がない航空自衛隊という男の世界で30歳代までを過ごした私は、80歳台になった今でも女性が苦手だ。
 米軍は裕福であったので、今でも行われているように戦場で、3か月おきに後方で妻子と過ごす時間を与えられていた。しかし日本軍は国外に出征してしまうと何年も故郷に帰ることができなかった。そのため民間人が、軍の所在地周辺で遊女屋を営み、軍医が兵士やその女性の性病予防対策をするなど、営業に便宜を与えることは、軍の風紀を維持するためにやむを得ない処置として認められていたのである。世界では、公娼制度を認めている国が多く、日本でもこのような処置に違法性はない。
 最近の女性の権利を強く主張するような男性的な活動家女性も、歴史を正しく知って感情的にならずに、女性問題について対応してもらいたいものである。特に朝鮮半島の少女像といわれるものにかかわっている女性たちは、未来に汚点を残さないように。

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